XU7ACD Report 13

国道4号線
 さぁこれから 250km,Sihanoukville までの旅が始まる。 時計は午前11時を回ったところ,途中で食事をしても午後3時頃にはシャックに着けるだろう。 運転手に Sihanoukville までと伝え, 昨年と同じ道を西に進んでいく。 それにしてもこの国道4号線,何度通っても〜といっても,まだ2回目だけど〜気持ちがいい。 道路はすこぶる状態がよく,程良く高低があり緩やかに右左にうねって港町まで繋がっている。 車はトラックなどの遅い車があるとどんどん追い越していく。  対向車と衝突しそうになりゾ〜ッとするような時もあったが,運転手は気にしていない。 これがカンボディア流の走り方なのだろう。 プノンペンから Sihanoukville まで病院らしい病院は見当たらなかったが,小さな集落が適度な間隔で散在しており,カンボディアの田舎の風景を見ることができた。

Sihanoukville へ延びる国道4号線
 かつてフランスに統治されていたためか,車は右側通行。 日本と同じ左側通行で慣れているタイから来ると,道路を渡る時や交差点で反対を見てしまうので危険である。  初めは少しばかり違和感があったが,アメリカに居た時を思い出して「+」と「−」を入れ替えた。

 集落にはお寺と小さな学校がある。 車を進めた金曜日の昼下がり,学校から子供達が帰っている姿があちこちで見られた。 あれ?と思って運転手に聞くと, 「午前中の部」が終わったのだという。 午後は午後で,別の子供達がまた学校に行くとのこと。 日本から学校を支援する動きもあるように,カンボディアではまだまだ学校が不足しているようである。

コメの国万歳!
 カンボディアの主食は日本と同じくコメである。 Sihanoukville への道の両側にも,集落と集落の間には水田が拡がっている。

田園が拡がるカンディジアの風景
 調べたところによると,カンボディアのコメ生産量は年間300万トン余りで日本の1/4程度,人口 1,300万人ほどの国では十分な量であろう。 そして, そんなコメ主食の国であるからこそ,我々日本人も食生活には不自由しないのではないか? タイに暫く住んで,かつてのアメリカでの経験を思い出すと,いかに「コメ文化」が日本人の舌にフィットしているかがよく判る。  ハンバーガーやピザなどは,たまに食べるのには良くても,毎日毎日食べるのは辟易する。 日本食でなくともコメが食べられる文化で,思い切り無線ができるとは,なんと幸せなことだろうか!

 国道4号線の両側には,水田に椰子の木が映える熱帯特有の風景。 タイの景色との違和感を探っていると,カンボディアには米以外の耕地が殆ど無いことに気づいた。 タイではパイナップルやバナナなどの熱帯の果物, サトウキビ,天然ゴムなど多様な農作物が至るところで植えられている。 豊かなカンボディアの地が様々な恵みをもたらすようになるには,もう少し時間がかかるのかもしれない。

1年ぶりの Sihanoukviile
 途中出会った通り雨の後には,少しばかり陽が西に傾いていた。 プノンペンから赤茶けた大地をずっと走ってきた道路から,タイ湾の海と港が見えてきた。  「やっと着いたぞぉ!」,1年ぶりの Sihanoukville である。 昨年同様,まずは運転手にバスターミナルに行って貰い,6日月曜日 12:30 発のプノンペンまでの帰りのバスを予約した。 バスが発着する Sihanoukville の中心部周辺は, 相変わらずの賑わいである。

Sihanoukville の港が見えてきた
 今回は時間もあるので,この辺も彷徨いてみようかな... などと思いながら,電波を出すべくシャックのある Sea Beach Guest House へと急ぐ。  左手に海が見え隠れしながら丘を越えると,見覚えがあるアンテナが見えてきた。 車を停めて荷物を降ろす,といっても着替えを入れたディバッグとパソコンを入れたバッグだけ。 リグやアンテナが必要ない分, 身軽になれる。 自由に言葉が通じない,また交通機関が発達していないところで自由に動くには,手荷物は少ないに越したことはない。

 Guest House のオーナーと1年ぶりの再会。 看板娘の Nida の姿は見えない,4日間大丈夫かな? しかし話は伝わっているようで,身振り手振りで部屋に案内してくれる。 シャックの様子も変わってない。  パソコン,キーヤーなどを準備して,早速リグのスイッチを ON にした。


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